2011年10月10日月曜日

グラスワインフェア 11/5

今回のグラスワインフェアですが、11月のご要望が多かったために、日程を変更させて頂きます。




11/5(土)17:00~23:00
IZAKAYA VIN 三階フロア限定、グラスワインフェアを行います。
先着10名様限定
6種類 73ml セット ¥15,000

1アンリオ ブリュット スーベラン  N/M
エレガンスを追求するシャンパンメゾン
2マコンピエール・クロ Tri de 25ansギュッファン・エナン 2005
マコンの天才、ギュファン・エナンの25周年特別キュヴェのシャルドネ
3ヴォルネイ・シャンパン マルキ・ダンジェルヴィーユ1999
超良作年のヴォルネイ。作り手はヴォルネイを代表するダンジェルヴィーユ
4ジュヴレ・シャンベルタン シャンポー ドニ・モルテ 1996
天才と呼ばれた故ドニ・モルテの96年 
5シャンベルタン ルイ・ジャド 1979
常に最高の熟成をするルイ・ジャドのグランクリュ“シャンベルタン”
6ラミッション・オーブリオン 1988
オーブリオンを越えると言われるラミッションのグレートヴィンテージ

今回はワイン会というわけではありませんので、
いつものIZAKAYA VINの感覚でいらしてください。

お好きな料理を召し上がりながら、ワインを楽しんでください。
もちろんチーズやパテだけでもOKです。

*グラスワインセットですので、お二人でシェアされても構いません。

ご予約はeuro1978@me.comまでお願い致します。


2011年9月20日火曜日

グラスワインフェアを終えて


IZAKAYA VIN グラスワインフェアを終えて。


 日曜日のグラスワインフェアに参加された皆様、どうもありがとうございました。この場を通じて、お礼申し上げたいと思います。
 毎年お祭りの際に行うワイン会を、今回はより自由度を上げるために「グラスワインフェア」とさせて頂きました。ある意味プチワイン会なので、資料は作らせて頂きましたが、自由な時間に気軽な感じで参加してもらうために、時間厳守が通常の「ワイン会」というものを今回は見送ることにしました。またこのような会を行うつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。

 さて今回のワインについてですが、全てブルゴーニュの酒屋からヤマト便のクールで取り寄せた物です。どれも状態が素晴しくて安心しました。
特に、64年のジュヴレ・シャンベルタンの液面はミッドからアンダーショルダーまで落ちていて、不安にさせるものでしたが、色調と過去の経験からおいしいだろうと予想していました。実際にワインはピュアで若々しく、今まで飲んだ60年代のブルゴーニュと遜色ありませんでした。
 個人的には64年のアントナン・ロデが最高でしたが、皆さんの評価的には、92のジャック・カシュー、ポンソ、エシェゾーと大きく分かれました。
それほどどれも個性豊かで素晴しいワインだったのだと思います。


ボランジェ グランダネ ロゼ 2000年
ボランジェ家
1829年、ジャック・ボランジェはアイ村に広大な土地を所有するヴィーレルモン伯爵とともにボランジェを創立。最高のテロワールと安定した品質に恵まれ、ボランジェ家は独自のスタイルと品質を持つシャンパンハウスとして世界的な名声を得ることができた。今も一族が経営に携わり、昔からの製法を守りながら最高水準のシャンパンをつくっている。
「偉大な年」の意味のヴィンテージ・シャンパン「グラン・ダネ」は、007でジェームス・ボンドが愛飲するシャンパンとしても知られていて、豊かな香りと力強い味わいが魅力のワイン。
生産に必要なブドウの約70%を、シャンパーニュ造りに最良とされるグランクリュとプルミエクリュでおもに構成される160haの自社ブドウ畑から供給され、オーク樽での発酵や、カーヴでの長期に渡る熟成など、伝統的な醸造法によって支えられた製品の品質の高さにより、世界的な名声を確立しており、1884年からは英国王室御用達を拝命する希少なメゾンのひとつとなっている。
ピノ・ノワール 62% シャルドネ 38%
ドザージュ 7〜9g/l
グランダネのアッサンブラージュに8〜10%の赤ワインを加える。
その赤ワインはシャンプノワ(シャンパーニュ地方のワイン)にも使われるCOTE AUX ENFANTS。





ボーヌ・クロ・デ・ムーシュ ブラン ジョセフ・ドルーアン  1993
ジョゼフ・ドルーアンは1880年にボーヌに創立。
ワインオークションでも有名な慈善病院オスピス・ド・ボーヌに自社のぶどう畑を寄贈していることでも知られており、第二次世界大戦頃はオスピスの責任者も務めていたことのある家系。
 「ブルゴーニュの伝統を守りながら、常に革新的な試みを行い、かつエレガントさを追求するワイナリー。」
 ブルゴーニュの土地に愛着を持ち、テロワールに敬意を払うこのワイナリーは、品質のため、次世代のために、有機的アプローチを始めいる。
1976年より除草剤などの化学薬品は一切使用せず、1988年にはエステートマネージャーのフィリップ・ドルーアンにより、本格的なビオロジックへの転換を終え、1990年代よりビオディナミに取り組んでいる。
畑は伝統的な鋤を使って耕され、肥料も野菜で造った天然の堆肥を使用。ぶどうの様々な病害や害虫などの対策には、天敵である捕食動物やバクテリアを用いる。苗床の管理においては、古いぶどう樹の遺伝的性質が保全されるよう台木の選定にはこの上ない厳格さで臨み、ぶどう畑には1ヘクタールあたり10,000~12,500本のぶどう樹を植える大変な密集栽培を行っている。さらに、樹と樹の間には雑草をそのまま生えさせておき、ぶどう樹が養分を求めて根を底土深くまで伸ばせるようにしている。
収穫はすべて手摘みで行われ、ぶどうを傷つけないため小さな箱に入れて輸送。
搾汁の前には、ベルトコンベアでぶどうをゆっくりと移動させながら、さらにぶどうの房を厳選する最終チェックを行う。(vendanges de Tri)
醗酵では、培養酵母を加えることは一切せず、本来のぶどうがもっている自然の酵母のみで行われます。
ボーヌ1級の中で、最も名高い“蜜蜂の畑”の名で呼ばれる自社畑ワイン。明るく澄んだ黄金色、スモーキーで柑橘類の香りにバニラのニュアンス、蜂蜜やアーモンド、レモンなどが感じられ、コルトン・シャルルマーニュの力強さとモンラッシェの優雅さを兼ね備えた素晴らしいワイン。
ヴォーヌ・ロマネ クロワ・ラモー ジャック・カシュー1992
ジャック・カシュー家
1994年にジャックは第一線を退き、現在は息子である50代のパトリックが行なっている。
6.93ha(一部メタヤージュ)を耕作。と小さな地所ではあるが、所有するのは特級のエシェゾー(1.10ha)、1級のクロワ・ラモー(0.2ヘクタール)とレ・シュショ(0.4ヘクタール)、それにヴォーヌ(1.7ヘクタール)とニュイ(0.8ヘクタール)の村名畑、後は1ヘクタール弱のACブルゴーニュ等々という構成。
代が替わってから醸造方法を一変している。
例えば、現在は完全除梗をして、一週間のコールド・マセレーションを行う。
そして清澄とフィルターを行わず、新樽を増やした。
これによって、以前よりはや飲み出来るようになった。
とはいえ、今のジャック・カシューのワインはよりタンニンが豊富で、フルボディである。
今回のワインは1992年ということもあり、より古典的でタンニンが固く、熟成してから花開くワインである。
畑
一級畑クロワ・ラモーは非常に独特な場所に位置し、特級ロマネ・サン・ヴィヴァンの一角にある。
昔はこの一体全てが「サン・ヴィヴァン修道院」の持ち物であり、18世紀まで1つの畑であった。
なぜか、1級として登録をされているが(税金の問題と言う説)、現在は畑の所有者たち(3人)が特級昇格を申請中のため、近年中に特級になる可能性が大変高く、その噂が広まって年々値段が高騰している。
クロワ・ラモーの面積はわずか0.6ヘクタール。
ジャック・カシューの所有分は0.2ヘクタールのみ。
クロ・サン・ドニ V.V ドメーヌ・シェゾー (ポンソ) 1986
トータル11ha弱のドメーヌは半分以上の5.7haがグラン・クリュという、その所有する畑のクオリティは群を抜く。樹齢に関してはクロ・ド・ラ・ロシュで50年、クロ・サン・ドニは90年を数え、他のクリュも平均で30年以上と、樹齢の高さにも尋常ならざるものがある。加えてグラン・クリュでも18年未満のぶどう樹からの果実はデクラッセ(格落ち)し、プルミエ・クリュとしてリリースするという徹底ぶり。
収穫量に目を向ければシャンベルタン、クロ・ド・ラ・ロシュ等グラン・クリュの上限はヘクタール当たり35hlだが、ドメーヌ・ポンソにおいてはリミットまで目一杯収穫する等ということはありえず、平均で3分の2から半分、少ないときには
1ケタ台ということもしばしば。
醸造に関しては、酸化防止剤として用いられるSO2は他のドメーヌで使用する量の3分の1
から5分の1と極力抑え、また多くのつくり手がグラン・クリュ
ほど高い割合であてがう新樽もポンソでは一切用いない。
(ポンソ家)
ドメーヌ・ポンソは、1872年に、ウイリアム・ポンソ氏が、モン・リュイザンやクロ・ド・ラ・ロッシュ等の畑と館を購入したことを起源とし、後継者ののいなかった初代ウイリアム氏のあとを従兄弟のイッポリィト・ポンソ氏が1920年より2代目を引き継ぎ、クロ・ド・ラ・ロッシュの畑を買い足し、また、1932年よりドメーヌでの瓶詰を始め、ドメーヌを発展させた。
イッポリィト氏は、弁護士であり、第一次世界大戦の大尉を務めた人物であり、また、1935から1936年にかけてのブルゴーニュにおけるブドウ畑のAOC格付けを制定したブルゴーニュ委員会の一人だった。
イッポリィト氏の息子のジャン・マリー・ポンソ氏が1947年より栽培とワイン造りに参画。3代目のジャン・マリー氏は、長年モレ・サン・ドニ村の村長を務め、シュヴァリエ・ド・タスト・ヴァンの評議委員でもあり、また、1960年代に始まったブルゴーニュのピノ・ノワールのクローン・セレクションの開拓者である。
 最も評判のよい多くのピノ・ノワール(113,114,115,667等)は、ドメーヌ・ポンソのクロ・ド・ラ・ロッシュのブドウ木から選ばれており、その源の母木は今日のブルゴーニュの基本となっている。
 1981年からは、国立商科大学を卒業し旅行代理店を経営していた息子のローラン・ポンソ氏が帰郷し、家族のドメーヌに加わった。
 *ドメーヌ・デ・シェゾーに関して。
グリオット・シャンベルタンの最大所有者にして、樹齢100年近くのクロ・サン・ドニを所有している名家。 現在では家族にワインメーカーがいないため、ベルトー、ルネ・ルクレール、そしてポンソと名だたる作り手に畑を貸している。
  エシェゾー クロ・フランタン 1979
クロ・フランタン家  ホームページより
ブルゴーニュのブドウ畑とナポレオンとは、大変深い関わりがあります。
まず、ブルゴーニュの畑の区画が現在の形になったのは、ナポレオンの時代でした。フランス革命を経て貴族や寺院が所有していたブドウ畑が没収され、1804年に発布されたナポレオン法典によって、ブルゴーニュの畑の再整理が推進されたのです。今ある古参ドメーヌの多くは、この時にブドウ畑を所有した農家に起源を発しています。「ドメーヌ・デュ・クロ・フランタン」も同様です。
ナポレオンと言えば、好んだワインとされるのが「シャンベルタン」。「ジュブレ・シャンベルタン」というのがそのワインを産する村の名ですが、実はこの村はナポレオン1世の時代にはジュブレ村という名でした。「シャンベルタン」というのはもともとある畑の名で、あまりに有名な畑なので、これを村の名前に加えてしまったものです。
ナポレオンが失脚し、後にブルボン家が一時的に復活する19世紀半ばに、ジュブレ村は「ジュブレ・シャンベルタン村」と名を変えました。ブルゴーニュの地名では、こうした例は珍しくありません。現在、ジュブレ・シャンベルタン村には、「○○シャンベルタン」の名が付く特級畑だけで9つもありますが、「シャンベルタン」は今も最高峰の畑として君臨しています。当時ナポレオンがよく飲んでいたとされるワインが、「ドメーヌ・デュ・クロ・フランタンのシャンベルタン」でした。
ナポレオン1世の第1将軍として、当時のクロ・フランタンの所有者だったルグラン将軍がいたことから、将軍を通じてクロ・フランタンのワインが皇帝のもとへ届けられていたと思われます。
このようにして、クロ・フランタンはナポレオン時代にその栄光が始まって、その品質はナポレオンの名と共にあっという間にヨーロッパ中に知れ渡ったと推察されます。 
*現在は、ボーヌのネゴシアン 「アルベール・ビショー」が一括管理している。ビショ家は早くから、ステンレスタンクを導入するなど、品質への投資を惜しまない大手ワイナリーとして知られている。
ジュヴレ・シャンベルタン アントナン・ロデ 1964
アントナン・ロデ社はフランス・ブルゴーニュ地方メルキュレに本拠を置く1875年設立のネゴシアン。現在ではブルゴーニュ全域に180haものブドウ畑を所有する当地でも大規模な醸造元。 1990年以降、同社の最高醸造責任者を務めるナディーヌ・ギュブランはフランスのワイン専門誌『ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス誌』において1997年に女性で初めて「ベスト・エノロジスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。
 
契約したブドウ栽培農家との厚い信頼のもとにつくられるネゴシアン・ワインであるアントナン・ロデ・シリーズのみならず、ドメーヌ・ジャック・プリウール、ドメーヌ・ド・ペルドリ、シャトー・ド・シャミレィ、シャトー・ド・リュリーなどの彼らが所有もしくは販売権を持つ全ワインに、彼女の感性は反映されており、一貫して洗練された味わいのワインが造られている。
現在、ボワゼル社がこのワイナリーを買収し、これからの飛躍を期待されている。 
 
 
ブルゴーニュヴィンテージ情報  マイケル・ブロードベントより
1,993年白 ***  ばらつきあり
重宝する年だが、選ぶときは慎重に。大手の生産者は雨の前に収穫を終え、秀逸なワインを作った。特にドルーアン家のモンラッシェは秀逸。
1992年赤 **  無難な年
一般市場向けで、早いうちは美味しく飲める。全体として優秀だが、それだけの価値はもう失ってしまったか? 8月は暑く、葡萄は成熟、早い収穫となった。雨の前につむことができた。
1986年赤 **** 
生育期は満足のいく物。収穫も遅く、葡萄は熟した。遅く摘んだ生産者は特に素晴しい物ができた。なぜか既に忘れ去られたヴィンテージ。
1979年赤 ***
良い。実りの多い年。3回の雹嵐はニュイの畑を荒らしまわった。しかし夏の好天にも恵まれ、健康的な葡萄ができた。78に比べバランスは劣るが、魅力的。
1964年 ****
非常に良い年。62、64と対照的で、リッチで肉厚。かなり充実した味わい。
とても暑い夏と、適度な雨がふった。オスピスでは記録的な高値で取引。

2011年9月3日土曜日

グラスワインフェア 9/18


9/18(日)17:00~24:00
IZAKAYA VIN 三階フロア限定、グラスワインフェアを行います。

先着12名様限定
6種類 60ml セット ¥13,000

ボランジェ グランダネ ロゼ 2000年
ボーヌ・クロ・デ・ムーシュ ブラン ジョセフ・ドルーアン 1993
ヴォーヌ・ロマネ クロワ・ラモー ジャック・カシュー1992
クロ・サン・ドニ ポンソ 1986
エシェゾー クロ・フランタン 1979
ジュヴレ・シャンベルタン アントナン・ロデ 1964

今回はワイン会というわけではありませんので、
いつものIZAKAYA VINの感覚でいらしてください。

お好きな料理を召し上がりながら、ワインを楽しんでください。
もちろんチーズやパテだけでもOKです。

*グラスワインセットですので、お二人でシェアされても構いません。

ご予約はeuro1978@me.comまでお願い致します。

2011年8月7日日曜日

池井戸氏の本に感動。

素晴しい本を読ませて頂きました。

下町ロケット 池井戸 潤 http://t.co/JzSlk0D

直木賞受賞作品です。

夢と情熱にあふれた本です。

毅然とした態度で大企業に立ち向かうシーンに興奮し、
宇宙開発の夢を追い求める社長に共感。

中盤では興奮し、最後には涙まで出ました。
甲子園の試合を見ているかのようなドラマあふれる本でした。

自分の中でもはや映画化決定です。
キャストも勝手に決めてます。

この本を読むだけで、明日も頑張ろうと気合いが入りました。
経営者の方に特におすすめです。

本を薦めてくれた母に感謝。

2011年7月28日木曜日

最近好きなシャンパン


ヴェルズネイ村のシャンパン 
ペユ・シモネ












ヴェルズネイの栽培組合長ダヴィッド・ペユのRMシャンパン。
アイ村に並んで、最高のピノ・ノワールを生み出す村。
ブリュットセレクションはスタンダードのシャンパンではあるが、
バランスと透明感、ミネラルに富んだ素晴しい味わい。

VINには今置いていないけど、シャンパンバーRMに常備しています。
なぜなら、VINは過剰在庫だからです・・・・。

2011年5月7日土曜日

グラスワインフェア

5/21(土)
IZAKAYA VIN 三階フロア限定、グラスワインフェアを行います。


先着12名様限定
6種類 60ml セット ¥13,000


ボランジェRD 1997
シャサーニュ・モンラシェ ルイ・ジャド 1989
ボーヌ・クロ・デ・ムーシュ ルージュ ジョセフ・ドルーアン 1985
コート・ロティ ジャスマン 1991
トロタノワ 1992
ランシュ・バージュ 1964


今回はワイン会というわけではありませんので、
いつものIZAKAYA VINの感覚でいらしてください。

お好きな料理を召し上がりながら、ワインを楽しんでください。
もちろんチーズやパテだけでもOKです。

*グラスワインセットですので、お二人でシェアされても構いません。

ご予約はeuro1978@me.comまでお願い致します。

2011年4月25日月曜日

明治神宮に行ってきました。

ひさしぶりに明治神宮に行ってきました。
最後に行ったときは、確か代々木競技場X-JAPANコンサート出陣前のレディース達が
恐ろしいかけ声を張り上げていて、神宮の気分が壊された時以来です。

平日の人のいないときに行くと気分がいいもんですね。
まるで、伊勢神宮に訪れたときのようです。

森林浴ができて、静寂の時を楽しむことができます。

その途中にてブルゴーニュの生産者の樽が並んでいるのを発見しました。
噂にはきいていましたが、さすが明治天皇を祀っているだけはあり、ハイカラだ。







なぜかロマネ・コンティだけはパネルがない。
だれか盗んだのか?
それともあえて目立つように?












それにしても、明治神宮って20世紀の建物なんだよな〜。
小さいときからの違和感がようやく理解出来たかも。

東京だから仕方がないけれども、なぜか力というか歴史の重みをあまり感じなかった。

もともと、明治天皇と皇后をまつるために1920年に出来上がったものだからか、

それとも、加藤清正の3男広忠(忠広?)が領地を取られ、さらにその場所を受け継いだ井

伊家も幕末に手放しているからか、なんか逃げのオーラというか、弱い雰囲気。


別にこの場所でなくても・・・と思いましたが。


たしかに明治天皇が好きな場所だったらしいですが、

領地没収の歴史があるとそこは純粋に天皇の歴史ではない訳で・・・・。


井伊家の末裔も明治神宮の場所にゆかりがあるしな〜。

井伊家は今後も口を閉ざすべきなのか_


とかマイナスなことを考えてしまうわけなのです。




まあ今をときめく故澁澤栄一が関わったみたいですが〜。



でもまあ緑があるのは素晴しいですよね。

もうこれから日本人はそこを開発できないわけだし。


中沢新一さんの本に書いてあったが、
中国の皇帝は「天に選ばれているもの」
日本の皇帝は「天のもの」つまり現人神

なので日本の皇帝は神秘的でなければならない。
平安京は中国をモデルにしているため街と城、皇居は一体となっているが、

今の伊勢神宮やなんやら御所、そしてもちろん皇居というものは、すべて自然に囲まれている。つまりなにか霊力が宿っているかのような雰囲気をさせているのです。


天皇ゆかりの場所=大自然  

どこもそうですよね。


ならば、これからも天皇ゆかりの場所を作りあげ、どんどん不可侵の自然というものをつくりあげて頂きたいものです。


大自然の中に生きる天皇家達。素晴しい。天皇陛下万歳。

昭和天皇は昭和記念公園・・・・。

今生天皇様は?

ぜひ福島を不可侵の自然公園にかえよう。

されば、放射能も神の力で消えようぞ。


皇太子様は水の研究をしていたから、
汚染水は皇太子様がなんとか******



もはやナウシカ並みの期待をしてしまう>>>




深夜の酔っぱらいなので、発言の罪は不問にお願いします。
飲み過ぎ注意。悪文すみません。///////